ブロムホフをめぐる三角関係

ブロムホフ商館長、ブロムホフ夫人、そして遊女糸萩



左:ブロムホフ商館長、右:ブロムホフ夫人と1歳の息子

ライデン市立美術館でのHolland Mania 展が10倍面白くなる恋物語をご紹介しましょう。ちょいと下世話ですが、そこはご勘弁を。

まずは美術館入口から左手に進み、展示ルーム2番から順に見ていってください。そこは「TITIA」というタイトルの展示室で、オランダ人女性Titia Bergsma テチア・ベルグスマを描いた肖像画などがあります。

彼女は日本に上陸した最初の白人女性です。鎖国中の日本人の貪欲な好奇心に貪られるかのように、この肖像画は複製に複製が重ねられ、日本における白人女性のアイコンにまでなりました。展示室にはテチアが様々に描かれた徳利やら茶碗やらが展示されています。

テチアがなぜ長崎にやって来たかというと、夫の仕事について来たからです。その夫の名はブロムホフ Blomhoff。彼は出島オランダ商館長に命じられました。

当時、外国人女性の日本渡航は幕府により禁じられていました。たとえ既婚者でも単身赴任を余儀なくされたのです。新任のブロムホフはその掟を破り、テチアと1歳の息子と乳母、それに召使を同伴していました。

出島に着いたのが1817年夏。オランダ船が次に出航可能となるのは、季節風が止む冬。その間、ブロムホフと旧商館長ドゥフは「テチアは病弱なので同伴滞在を認めてくれ」と懸命に幕府に嘆願しました。しかし幕府はそれを認めませんでした。

冬がやってきました。テチアは泣く泣く、1歳の息子とともにオランダの帰途へ着く船に乗りました。テチアはその4年後の1821年に35年の短い一生を閉じたため、これが夫婦の最後の別れとなりました。

ここまでは、美しくも儚い物語なのですが・・・

実はその影にもうひとりの女性が存在したのです。糸萩という丸山遊女です。

ブロムホフは夫人同伴でやって来る以前にも、来日したことがありました。最初の6年の滞在で懇意となった糸萩との間に1811年に子供をひとり設けました。その後1813年から1817年まで日本を留守にすることになりますが、その間もふたりの恋愛は続いていました。ブロムホフが2回目の滞在を終える1823年には、当時としてはかなり珍しかったラクダを糸萩にプレゼントしています。

夫についてどこまでも・・・とテチアに思わせたのは、この糸萩という遊女の存在ではなかったろうかと思います。それはそれはものすごい愛情です。当時の航海は命がけだったし、なにしろ日本は世界の反対側で、全く見知らぬ土地なのですから。

テチアは糸萩にも会ったかもしれません。嫉妬もしたでしょうし、焼き餅も焼いたでしょう。なにしろ女の色と贅を尽くして美しく着飾った丸山遊女が相手です。

ブロムホフはテチアがオランダに帰った後、遊女糸萩と子供とそれなりに満ちた時を過ごしたのかもしれません。一方のテチアは間もなく死を迎えることになりますので、残酷な話です。

ミュージアムの2番ルームはこのテチアにまつわる展示です。3番ルームは清教徒関連の展示ですが、次の4番ルームが私の作った丸山遊女の部屋となっています。全てが繋がっている展示室なので、テチアの部屋と丸山遊女の部屋はほぼ隣同士に位置しているのです。

静謐な品に溢れるオランダ・テチアの部屋から、エギゾチックで妖艶な長崎・丸山遊女の部屋へ。ぜひ、テチアと糸萩、ふたりの女性の狭間で揺れた商館長ブロムホフの視線から見てみてください。



参照URL:
http://www.caguya.co.jp/blog_hoiku/archives/2006/07/post_328.html
http://www2.ocn.ne.jp/~oine/qa/index.html
http://nbtc.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/40016092009-892.html


さらに10倍面白くなる小咄:

  • テチアの直系の子孫であるRene Bersmaさんが、日本人の奥さんとともにテチア研究をしているそうです。テチア像を日本で懸命に発掘し、そのコレクションが今回まとめて展示されています。感動的な話です。
  • 当初、この三角関係を意識してこの作品を作っていったわけではなかったのですが、できあがってみてから初めてつながりが見えて来ました。偶然かもしれませんし、テーマを掘り下げて行った結果の必然かもしれませんし。それを縁と呼ぶのでしょうかね。このつながりは、キュレーターも期待していなかった嬉しい発見だと思います。
  • ミュージアムの要望により、8月末にはゲイシャ・コスプレもバージョンアップします。こんどはカピタン(商館長)も登場し、カピタンがゲイシャを連れてライデンの街中を案内する(特に匂いという観点から)、というワークショップ形式の街中ツアーです。カピタンっぽいオランダ人男性(30〜50代希望)を御存知の方は、ぜひ推薦してください(笑)


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