2008/06/28

ロクシタンが売る、南仏プロヴァンスの空気

今日はヨガの後、お気に入りのカフェ 't Proef でひとりゆっくりとランチをしました。狭い店内ですが、数人の料理好きのおばさん達が心をこめて手料理を出してくれるお店です。素材はほぼ完全無農薬のものばかり。そうは看板では大々的に謳ってないけど、無農薬の野菜を食べ慣れている私の舌はそう確信していて、彼女達のその謙虚さがまたいいなと思うのです。

何気なく無料日刊紙 De Pers を読んでいて、ふと目に止まった記事がありました。

フタル酸塩、ステアレス、パラベンを使わずにキレイになりたい --- リップスティックの鉛や、シェービング・フォームのフタル酸塩、そして日焼け止めクリームの化学物質系のフィルターなど、化学物質だらけの化粧品。無農薬の食物やコットン素材がブームになった今、ナチュラル・コスメの番

既存の化粧品マーケットの売り上げは年間2%増なのに対し、ナチュラルコスメは年間20%増を記録している。フランスのコスメティカ・ハウスであるロクシタンも、よりナチュラルで安心な化粧品に大いに興味を示している。ロクシタンは世界中に広がるおよそ1000店舗において、プロヴァンス地元農家の製造したオリーブオイルやラベンダーをふんだんに使い、プロヴァンスの雰囲気と匂いを売っている

プロヴァンスの雰囲気と匂いを売っている。」ーーーたしかに、ロクシタンが消費者に売っているのは単なる化粧品ではなくて、プロヴァンスの雰囲気とか匂いとかイメージ。プロヴァンスの空気を化粧品に乗せて消費者の元へ届けているのか・・・と妙に腑に落ちる言い回しでした。

化粧品というものはそもそも、香料と相性がいいのです。なぜかというと、香料を身にまとうことで、消費者がその香りを効果的に知覚することができるからです。例えばラベンダーのエッセンス(精油)を化粧品に加えて密閉するとします。消費者のもとに届けられて使われるとき、そのエッセンスが再び空気中に拡散します。しかも消費者の鼻のすぐそばで。すると消費者は、その匂い(空気)を嗅ぐことにより、プロヴァンスへと意識を広げます。こうやって想起されるプロヴァンスの田園的なイメージを嫌う人は、そうそういないでしょう。

昨年の夏、調香師研修で南仏グラースに滞在していた時のことです。(グラースは厳密にいうとコート・ダ・ジュールですが、プロヴァンスとは目と鼻の先。) 世界中のいたるところから集う生徒で構成されるそのクラスで、アメリカから来た誰かが「今日はカンヌの街に降りてあのロクシタンに行ってみようよ。」と言いました。けれどもロクシタンならオランダにも日本にもあるし、なにもわざわざプロヴァンスに居てそのために時間を使うのはどうかな・・・、とひねくれ者の私はそう思ってしまいました。後日、カンヌに降りた時にロクシタンを通りがかりましたが、やっぱり東京のロクシタンとたいして変わらない印象でした。

ロクシタンは、プロヴァンスから遠くにあって価値が出るのではないでしょうか。実際、成田空港のロクシタン・コーナーは、本場ニース空港のそれよりずっと大きいです! わたしが匂いの作品づくりに本腰を入れ始めたのも、あらゆる日本の匂いを抽出して遠くオランダの地で再現しようとした Aromatic Journey #1 がきっかけでした。商品と作品の違いはあるのですが、戦術はロクシタンとあまり違わないかも。

記事の話しに戻りましょう。ロクシタンだからといって完全ナチュラル・コスメというわけでもない、何も加えなかったら保存期限が3ヶ月ともたないから、商品にならない、といった内容が続きます。そのとおりです。クリームを手作りしてる人は、実体験としてそれを知ってます。クリームはマヨネーズとそうたいして本質が違わないので、もってせいぜい2週間でしょうか。

そして私がロクシタンについてあえて付け加えるとしたら、ロクシタンがプロヴァンスのイメージとして売っている「ラベンダー畑」なども、現地には観光用以外ほとんど存在しないというのも現実。そんな手間のかかる農業は、エジプトなど労働力の安い世界にとっとと逃げてしまいましたから。

イメージに騙されずにこういう「現実」(?)を逞しく生きていくための、化学者からのちょっとしたアドバイスで記事は結ばれていました。オランダ語圏にお住まいの方には参考になるかも。

シャンプー等は使用原材料のラベルを注意深く見るように。"eth" で終わる原材料名は危険です。steareth, sodium laureth sulfaat は特に注意した方がいいです。たとえばAscorbinezuur は化学物質っぽく聞こえますが、レモンにふつうに含まれる物質です。

2008/06/22

東京芸大でのレクチャー 所感

去る6月13日、東京芸術大学上野キャンパスで、芸術情報センター主催の特別講義において1時間半のレクチャーをしました。主催者側の予想20人を遥かに上回る50人近くが来てくれて、いかに匂いや嗅覚の領域へ寄せられる興味が大きいかを実感しました。

レクチャーのテーマは「メディウムとしての匂い - 匂いとアート -」。まず私の作品やプロジェクトをいくつか紹介した後、実際に私が抽出した匂いを嗅いでもらいました。「オランダの匂い」シリーズと、「7人のダンサーの匂い」シリーズです。

中には一般の方もいらっしゃいましたが、多くは美術や音楽を専門としている、すでにその道の学生達。さすが感性は鋭く、質疑応答もやりがいがありました。視覚や聴覚との比較に考えを及ぼしている生徒も多くいたようです。学生が書いてくれた感想もとてもいいフィードバックになりました。ここに抜粋して紹介します。


  • 人は見たことのあるものしか見られない、というのが"視覚"、ということを常々考えて来ましたが、嗅覚も同じだと知りました。私も匂いはメディアだと思います!
  • 自分の制作でも今、五感を意識するコトが、生きることなんじゃないかと思い、視覚以外のものもテーマにやってみようと思ってた所に、たまたま上田先生の講義のポスターを見て来ました。 -中略- 上田先生の"匂い"の表現は、感覚で直接私の中に入ってきて、色んな想像的な世界の匂いをもっともっと嗅ぎたいとワクワクしてる自分がいました。アートの可能性がまた広がったんだなーとうれしく思います。この場に出会えて良かったです。
  • いつも視覚的な情報を追ってしまうことが多いが、これからはにおいにも目を向けてみようと思う。人間に比べ犬はとても嗅覚が優れているというが、犬はどんだけにおいを楽しんでいるんだろう。一回犬になって味わってみたいです。
  • 匂いという存在じたいが目では見えない存在で、一見素朴な存在なように見えたのですが、見えない分だけもしかしたらものすごく大きな存在なのかもなあと思いました。たぶん、物が存在している限り匂いというものは存在しているので、ずっと昔から存在している空気と一緒のようなもの。なんだか大きなつつみこむようなものに感じます。
  • 匂いを抽出したり混ぜるときの考え方が「色」や「音」と非常に似通っていることは、考えてみれば当然のことかもしれませんが、非常に新鮮でもありました。そういう意味でも、コミュニケーション・ツール(メディア)としての「匂い」がもっと注目されてもいいのかもしれません。鼻が匂いに慣れてしまうことへの対処の必要性などは、音楽でも全く同じではないかと感じました。
  • 目に見えないものを扱う・展示する作品を考えるきっかけになった。風、熱、紫外線、音etc...
  • 芽キャベツ!凄かった。確かに日本の漬け物なんかの傾向に近い感じが・・・
  • 日本の香り、オランダの香りというのは下手に絵とか建築よりかなり生々しくその国の文化を反映しているように思った。
  • 文化って空気がつくってるんだなーと感じたことがあって、「空間」への意識はこれから自分の中でもう少し煮詰めてみたいです。
  • 香をどう消すか、その問題を解決できれば、記号的、ひいては言語的に使うことができそうだと私はずっと考えております。
  • においは記憶に結びついている。非物質化のひとつの試み。コミュニケーションの手段になると思う。日本には香道という世界も残っている。
  • 汗のにおいが予想外によい香りでビックリでした。
  • 見るとか、聴くとか、そのものをイメージするのにはとても重要だと思いますが、臭いは瞬間的にイメージが沸くので、すごく分かりやすい伝達手段だと感じました。もう少しいろんな身近にあるものの臭いに敏感になったら、とてもおもしろい発見ができそうです。
  • 科学とキッチンをつなぐというか、料理の方から科学やアートを見る、というのがたいへんおもしろかったです。
  • どの匂いもおそるおそる体験させていただきました。一番勇気がいる匂いだったのが、ダンサーの匂いでした。嗅いだ直後は何か強烈なインパクトを受けましたが、時間が経って気がついてみると、何の匂いともつかぬ、初めの印象とはまるっきりちがうやさしい繊細な感覚を覚えました。匂いを嗅ぐ時、周りにあるものの記憶なんかも匂いを感じる条件としてあるんじゃないかなと思いました。例えば、台所にある魚のアラとか使い古したまな板の色や質感など・・・匂いとその匂いを発してる物が質感や風景、環境から切り離されて「匂い」というものが存在した時、それはどんな感覚に働きかけているのだろう?
  • 匂い立つような音楽とか、土臭い表現、という言葉があって、感覚はけっこう嗅覚による部分が多いと思います。

Emio Greco | PC

オランダが国を挙げて誇るホランド・フェスティバル Holland Festival が現在アムステルダムで開催されています。先月、ダンス・カンパニー Emio Greco | PC の7人のダンサーから汗を抽出してパフュームを作りましたが、それはこのフェスティバルで発表するためでした。

今回カンパニーは Purgatorio という新作を発表しているので、プレミアを観てきました。


会場のロビーで販売されているカタログ Purgatorio の中に、私のプロジェクトが全面的に紹介されています。


私が制作したパフューム。7人の匂い、7本セット33ユーロ。ご希望の方は、カンパニーの方へお問い合わせください。



Purgatorio は、息を呑む暇もないパフォーマンスでした。最初は7人のユニゾンによる激しい動きで、彼らのパワフルな呼吸が会場に響き渡ります。あたかもその呼吸や手足の動きによって、会場に風が吹くかのようでした。

ステージも光をキラキラと反射する素材でできているので、ダンサーの動きによって会場の天井に光が揺らめきます。まるで教会にいるかような錯覚を覚えました。

そしてパフォーマンスが進むと、7人のダンサーがなんとギターを奏で始めるんです! ダンサーが音を担当・・・。しかもパフォーマンスしながら・・・。こんなにボリュームたっぷりのパフォーマンスは未だ目にしたことありません。関係者に聞くところ、やはり完成に1年半の歳月を要したとか。

途中、あのエミオ・グレコが登場しました。彼の一瞬の登場は、ステージの雰囲気をそれだけでガラッと変えてしまったような印象です。どこなくロボットのような、動物のような・・・とにかく人間ではない、まったくありえない「生命体」の動きなのです。もともと伊藤キムや森山開次などの系統が好きで、学生時代から見に行ったりしていたので、すっかり魅入ってしましました。

パフォーマンスの後は、カンパニー主催のパーティに出席し、エミオら7人のダンサー達と歓談しました。これまで彼らの匂いはさんざん嗅いでいましたが、実際の本人を拝むのはこれが初めて。じつはパフォーマンスを見ながら、頭の中で「あの匂いはこの人のかな」なんて見当をつけたりしてたのですが、それが全く外れていたのにはビックリです。

完成したパフュームを嗅いだ人がよく驚くのですが、

「ふつう想像されるような臭い汗ではなくて、いい汗の匂いだね」

それはパフォーマンスを見て、納得したのでした。あんなに激しい動きなのだし、まったく無駄のない美しい体つきの彼らだもの、透明でキレイな汗のはずです。

2008/06/19

レビュー

6月2日にHolland Festival の一環として発表された「ダンサーの匂い」に関するレビューです。オランダ語ですが・・・
[レビュー]

香り"X"の分解と再構築 / DECONSTRUCTING AND CONSTRUCTING THE SMELL "X"

香り"X"の分解と再構築  DECONSTRUCTING AND CONSTRUCTING THE SMELL  "X" いくつかの香りをバランスよく組み合わせることを「調香」といいますが、この空間で何をやっているかというと、「...